
父が、リストラに遭ったとき、 私たち全然気が付きませんでした。お給料もちゃんと持って帰っていたし、いつも通りのスーツ姿で、駅に向かう父の姿を毎日見ていました。だから、リストラされた時期も同じような風景です。母は、いつもお弁当を作って送り出していました。知っていたようですが、あえて言わなかったと聞きました。
必死に次の仕事が見つかるまで、アリバイ会社にお願いして、書類を作ってくれたそうです。
次の仕事となると、父も面接やらアルバイトやら忙しくしていたようで、母は、父が帰ってくる時刻になると、黙って食事の支度をしていましたね。今思えば、何か感づいていたのでしょう。父が本格的に仕事が決まったのは、半年が過ぎた頃からだったようです。
窓ふきの仕事や、工事現場といった父の仕事先が転々でしたけれど、毎月同じ金額を稼ぐにも用意ではなかったと思います。
アルバイト会社のことは、父のお友達から聞いたようです。そのアルバイト期間、アリバイ会社にお願いしたと聞きました。母に話たのは、ちょうどこのころだったと、お酒の席で言っていまいた。今、思うと大変だったと笑顔で話す父の姿が、少し小さく見えます。本当に苦労したんだと思える内容でした。父とこんな話ができる年になったんだと、なんか複雑でした。
アリバイ会社
www.amro.jp




